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源泉徴収に係る所得税のグロスアップ計算を認めなかった裁決事例


こんにちは、公認会計士・税理士の永井です。
今回の『条文から読み解くシリーズ』は、国税不服審判所から公表された最新の裁決事例を取り上げたいと思います。

※『条文から読み解くシリーズ』は、税務トピックを根拠となる条文まで深堀りしながら、一般の方々にとっても分かりやすく解説する記事を目指すコラムシリーズです。

源泉徴収に係る所得税の算出においてグロスアップ計算を認めなかった事例

今回取り上げるのは、国税不服審判所が令和6年3月27日に公表した令和5年8月15日裁決事例です。 本事例は、エレクトロニクス製品やアプリケーションソフトウエアの企画、開発等を目的とする法人が、複数のインド法人に対して支払った費用について、源泉徴収が必要な支払に該当するか否か等が争われたものです。

具体的な争点は以下の2つですが、今回のコラムでは2つ目の争点(以下、争点2)について詳しく見ていきます。

  1. 本件各支払金は、日印租税条約第12条第4項に規定する「技術上の役務に対する料金」に該当するか否か。
  2. 本件各K社支払金について源泉徴収に係る所得税の額をグロスアップ計算で算出すべきか否か。

本事例の要旨は以下のとおりです。争点2については最後の但し書きの段落で触れられています。

請求人は、インドに所在する外国法人3社(J社、K社、L社)に対して支払った各金員(本件各支払金)について、①J社はインドの法律に基づき設立されたリミテッド・ライアビリティー・パートナーシップであるから請求人の支店的な存在であり、支払った金員は、J社の維持・管理に必要な資金の送金又は給与で、業務を委託した対価ではないこと、②請求人とK社との契約(本件K社契約)によれば、支払った金員はソフトウエアの譲渡対価であること及び③L社に支払った金員はウェブサイト及びアプリケーションのデザインの対価であり、デザインはコンピュータプログラムとは関係ないことから、それぞれ、所得に対する租税に関する二重課税の回避及び脱税の防止のための日本国政府とインド共和国政府との間の条約(日印租税条約)第12条第4項に規定する「技術上の役務に対する料金」に該当しない旨主張する。
 しかしながら、①インドの法律上、J社は、請求人とは別個の法的主体であり、かつ、請求人と協働でソフトウエア開発業務を行っていると認められることから、当該開発業務に係る役務は、日印租税条約第12条第4項に規定する「技術的性質の役務」に該当すること、②本件K社契約は、請求人がK社に対してソフトウエアの開発の支援を依頼し、K社は当該開発に関して定義された範囲の業務を行い、対価の最終支払までに当該定義された範囲の業務の全てを完了させ、当該開発に関する全てのソフトウエア等を請求人に引き渡す旨定めた契約であり、これらの業務に係る役務は、同項に規定する「技術的性質の役務」に該当することからソフトウエアの譲渡対価ではないと認められること、及び③同項は、「技術上の役務に対する料金」についてその範囲をプログラミングサービスの提供に限定しておらず、L社が行った役務は、同項に規定する「技術的性質の役務」に該当すると認められることから、本件各支払金は、同項に規定する「技術上の役務に対する料金」に該当する。
ただし、原処分庁は、K社に対する支払金の額について、源泉徴収の対象となるものの支払額が税引手取額で定められているものとして源泉徴収に係る所得税の額を算出する計算(グロスアップ計算)により当該所得税の額を算出しているところ、原処分庁がグロスアップ計算の根拠として掲げる本件K社契約の条項は、本件K社契約の履行に際し、契約違反や第三者からの訴訟等に備えて契約書に盛り込まれる条項であり、請求人が源泉徴収に係る所得税を負担することを合意したものとは認められないから、K社に対する支払金について当該所得税の額をグロスアップ計算により算出することは認められない。
引用元:その他 | 公表裁決事例等の紹介 | 国税不服審判所

1つ目の争点(以下、争点1)については、インド法人に対する支払いは源泉徴収が必要な支払(日印租税条約第12条第4項に規定する「技術上の役務に対する料金」)に該当すると判断されており、これを前提として以下、争点2について確認していきます。

源泉徴収漏れがあった場合の税額計算に関する規定

まずは、本事例の理解に必要な所得税法等の規定を確認します。 所得税法第221条第1項において、源泉徴収義務者が源泉徴収に係る所得税を納付しなかった場合、税務署長がその所得税を源泉徴収義務者から徴収することとされています。

所得税法

(源泉徴収に係る所得税の徴収)

第二百二十一条 第一章から前章まで(源泉徴収)の規定により所得税を徴収して納付すべき者がその所得税を納付しなかつたときは、税務署長は、その所得税をその者から徴収する。

引用元:所得税法 | e-Gov法令検索

そして、所得税基本通達221-1において、先ほどの所得税法第221条第1項の規定により源泉徴収義務者から源泉徴収に係る所得税を徴収する場合において、そもそも源泉徴収義務者が源泉徴収していなかった場合には、契約の内容によって徴収すべき税額の計算方法が異なることとされています。 所得税基本通達221-1はやや読みづらいですが、とりあえず一読してみましょう。

所得税基本通達

(支払者が税額を負担する場合の税額計算)

221-1 法第221条第1項の規定により同項に規定する者から源泉徴収に係る所得税を徴収する場合において、その者がその徴収すべき税額を徴収していなかったときは、同項の規定により徴収すべき税額は、次により計算することとなることに留意する。

(1) 当該税額を徴収していなかった理由が、当該徴収すべき税額を支払者が負担する契約となっていたことによるものである場合には、取引手取額により支払金額が定められていたものとして、181~223共-4により計算する

(2) 当該税額を徴収していなかった理由が、(1)の理由以外のものである場合には、既に支払った金額のうちから当該税額を徴収すべきであったものとし、既に支払った金額を基準として計算する。この場合において、その計算した税額を納付した支払者が、その納付した税額につき法第222条《不徴収税額の支払金額からの控除及び支払請求等》に規定する控除又は請求をしないこととしたときは、当該控除又は請求をしないこととした時においてその納付した税額に相当する金額を税引き手取額により支払ったものとし、その支払ったものとされる金額に対する税額を181~223共-4により計算する。

引用元:所得税基本通達|国税庁

徴収すべき税額の計算方法が2パターンあることが分かりますが、簡潔に言い換えると、所得税基本通達221-1 の(1)は手取契約である場合(2)は手取契約ではない場合(額面契約である場合)を意味しています。
まず、(1)の手取契約である場合は、徴収すべき税額は所得税基本通達181~223共-4により計算、つまりグロスアップ計算によることとされています。

所得税基本通達

(源泉徴収の対象となるものの支払額が税引手取額で定められている場合の税額の計算)

181~223共-4 給与等その他の源泉徴収の対象となるものの支払額が税引手取額で定められている場合には、当該税引手取額を税込みの金額に逆算し、当該逆算した金額を当該源泉徴収の対象となるものの支払額として、源泉徴収税額を計算することに留意する。

(注) 上記の場合には、源泉徴収票又は支払調書に記載する支払金額は税引手取額と源泉徴収税額との合計額となることに留意する。

引用元:所得税基本通達|国税庁

分かりやすいように数値例を用いて説明します。たとえば、インド法人に対する支払額が1,000、源泉徴収税率が10%とした場合、グロスアップ計算による税込金額(源泉徴収の対象となるものの支払額)及び源泉徴収税額は以下のとおり計算されます。

税込金額(源泉徴収の対象となるものの支払額):1,000÷(1-10%)≒1,111

源泉徴収税額:1,111×10%≒111

一方、(2)の手取契約ではない場合(額面契約である場合)は、「既に支払った金額のうちから当該税額を徴収すべきであったものとし、既に支払った金額を基準として計算」します。
こちらも分かりやすいように先ほどと同じ数値例を用いて説明すると、税込金額(源泉徴収の対象となるものの支払額)及び源泉徴収税額は以下のとおり計算されます。

税込金額(源泉徴収の対象となるものの支払額):1,000

源泉徴収税額:1,000×10%≒100

以上より、(1)の手取契約である場合の方が、(2)の手取契約ではない場合(額面契約である場合)と比べて、グロスアップ計算による分、税込金額(源泉徴収の対象となるものの支払額)及び源泉徴収税額が大きくなることが分かります。
なお、所得税基本通達221-1(2)の後段(この場合において~)は後ほど補足として説明しますので、一旦規定の説明は以上とします。

原処分庁及び請求人の主張

争点2についての原処分庁(課税当局)及び請求人(納税者)の主張は以下のとおりです。

原処分庁請求人とK社との間においては、本件K社契約書第11条の4により、いかなる請求、責任及び費用からも請求人がK社を補償することについて合意したものと認められる。
したがって、本件各K社支払金に係る所得税については、請求人が補償することになるから、本件各K社支払金について源泉徴収に係る所得税の額をグロスアップ計算で算出したことは適法である。
請求人本件K社契約書第11条の4は、請求人が契約により購入したソフトウエアを事業で利用する上で、将来的に第三者から何らかの請求があったとしても、K社は責任を負わないとする事業に関する賠償責任の免責を定めた条文であり、税金の支払を免除するものではない。そもそも請求人は、本件K社契約において源泉徴収に係る所得税が課税されることを予見しておらず、当該条項に税金を負担する意図は含まれていない。
したがって、本件各K社支払金について源泉徴収に係る所得税の額をグロスアップ計算で算出したことは誤りである。
引用元:(令和5年8月15日裁決)| 公表裁決事例等の紹介 | 国税不服審判所

原処分庁は、請求人とインド法人との間の契約における条項により、インド法人に対する支払に係る所得税は請求人が補償することになる(=手取契約である)から、源泉徴収に係る所得税の額をグロスアップ計算で算出すべきであると主張しました。これは、先ほども見たとおり、グロスアップ計算の方が税額が多くなり、原処分庁にとって有利なためです。
一方、請求人は、請求人とインド法人との間の契約における条項は税金の支払を免除するものではなく、税金を負担する意図も含まれていない(=手取契約ではない)から、源泉徴収に係る所得税の額をグロスアップ計算で算出すべきではないと主張しました。

審判所の判断

審判所は、以下の事実を認定し、請求人とインド法人との間の契約内容を検討した上で、手取契約であるとは認められず、インド法人に対する支払について、源泉徴収に係る所得税の額をグロスアップ計算で算出することはできないと判断しました。
また、原処分庁がグロスアップ計算の根拠として掲げる契約条項(本件K社契約書第11条)は、契約を締結するに当たって、当該契約の履行に際しての契約違反や第三者からの訴訟等に備えて契約書に盛り込まれるものであると認められ、請求人が源泉徴収に係る所得税を負担することを合意したものとは認められない(=手取契約ではない)として、原処分庁の主張を退けています。

イ 認定事実
 請求人提出資料、原処分関係資料並びに当審判所の調査及び審理の結果によれば、以下の事実が認められる。
(イ) 本件K社契約における業務の対価に関する事項は、本件K社契約書第8条に定められているところ、同条の8は、請求人は、日本以外の外国法域における売上税を一切納付しないものとする旨定められており、本件K社契約において、上記定め以外に税金の負担についての定めはない。
(ロ) 本件K社契約書第11条《補償及び責任》の4は、請求人は、今後、その顧客を含む第三者からのいかなる請求、責任及び費用(弁護士費用を含む。)からもK社を補償するものとする旨定められている。
引用元:(令和5年8月15日裁決)| 公表裁決事例等の紹介 | 国税不服審判所

審判所は、請求人とインド法人との間の契約における個別の条項まで検討した上で、グロスアップ計算を認めないと判断しています。これは、実務において源泉徴収に係る所得税の額をグロスアップ計算すべきか否かを判断するに当たっての一つの目安になると考えられ、注目に値する事例であるといえます。

補足:手取契約ではない場合もグロスアップ計算が必要になる場合あり

ちなみに、本事例では特に触れられていませんが、所得税基本通達221-1(2)の場合(手取契約ではない場合)において、所得税法第222条に規定する控除又は請求をしないこととした場合は、納付税額相当額についてグロスアップ計算することとされています。
所得税法第222条に規定する控除又は請求とは、源泉徴収漏れがあった場合に、源泉徴収税額相当額を相手方に対するその後の支払額から控除するか、相手方に対して請求することをいいます。

所得税法

(不徴収税額の支払金額からの控除及び支払請求等)

第二百二十二条 前条の規定により所得税を徴収された者がその徴収された所得税の額の全部又は一部につき第一章から第五章まで(源泉徴収)の規定による徴収をしていなかつた場合又はこれらの規定により所得税を徴収して納付すべき者がその徴収をしないでその所得税をその納付の期限後に納付した場合には、これらの者は、その徴収をしていなかつた所得税の額に相当する金額を、その徴収をされるべき者に対して同条の規定による徴収の時以後若しくは当該納付をした時以後に支払うべき金額から控除し、又は当該徴収をされるべき者に対し当該所得税の額に相当する金額の支払を請求することができる。この場合において、その控除された金額又はその請求に基づき支払われた金額は、当該徴収をされるべき者については、第一章から第五章までの規定により徴収された所得税とみなす。

引用元:所得税法 | e-Gov法令検索

ただし、実際には相手方との関係上、事後的に控除又は請求することが難しく、控除又は請求をしないこととする場合もあるため、その場合には納付税額相当額を税引手取額により支払ったものとし、その支払ったものとされる金額に対する税額をグロスアップ計算します。
説明がやや分かりづらいと思いますので、先ほどと同じ数値例を用いて説明します。当初の源泉徴収税額は、前述の所得税基本通達221-1の(2)手取契約ではない場合(額面契約である場合)における100(=1,000×10%)とした場合、税込金額(源泉徴収の対象となるものの支払額)及び源泉徴収税額は以下のとおり計算されます。

税込金額(源泉徴収の対象となるものの支払額):100÷(1-10%)≒111

追加の源泉徴収税額:111×10%≒11

トータルの源泉徴収税額:当初の源泉徴収税額100+追加の源泉徴収税額11=111

結果として、トータルの源泉徴収税額は111となりますが、これは所得税基本通達221-1の(1)手取契約である場合と同額になります。
この点が本事例において触れられていないのは、請求人が所得税法第222条に規定する控除又は請求をするかどうかは、源泉徴収が必要な支払か否かや、グロスアップ計算で算出すべきか否かについて決着がついた後の話だからかもしれません。

結び

今回紹介した裁決事例は、源泉徴収に係る所得税の算出においてグロスアップ計算すべきか否かを判断する際の一つの目安として参考になると考えられます。
なお、争点1(源泉徴収が必要な支払いか否か)は今回のコラムでは取り上げませんでしたが、こちらも実務上は重要であり、特に非居住者や外国法人に対する支払の場合は租税条約も確認する必要があります。
本事例のような非居住者や外国法人に対する支払は、源泉徴収の要否や税率、租税条約に関する届出書の提出等の手続など、留意すべき点が多岐に渡るため、必要に応じて顧問税理士等の専門家へ相談の上、適切な税務処理を行うことができる体制・業務フローを整備しておくことが肝要であると考えます。

※本コラムの内容は執筆日現在の法令等に基づいております。執筆日以降の法令等の変更が反映されていない可能性がある点につきご留意ください。

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